扇子(扇)はなぜ縁起物なのか!?
扇子は本来、暑い時に手元で開いてあおぎ、自ら風を送ることで涼しさを得るための道具です。
しかし、扇子が日本で誕生した平安時代から現在までの間に、様々な場面で多様な使われ方をするようになりました。
具体的には日本舞踊・落語の小道具、結婚式用の和装小物など、華やかで楽しい芸能や、おめでたいお祝いの行事で多く使用されます。
なぜかといえば、それは扇子が縁起の良いものとされているからです。
このページでは扇子が縁起物とされている理由や、実際にどのような場面で使われているかをご紹介していきます。
扇子が縁起物とされる理由
扇子が古来よりおめでたい席や祝い事に用いられてきた理由の、大きな要因のひとつが扇子を開いたときの形です。
「扇型(おうぎがた、せんけい)」と呼ばれるこの形状は、先に向かっていくにつれてだんだんと広がっていく様から「末広がり」に通じ縁起が良く、繁盛や開運の意味を持つとされています。
他にも霊峰として崇められる富士山がそびえ立つ形にも似ていることから、神様のご利益が宿るとされ、魔除け・厄除け・吉運招来など非常に強い力を持つものとされています。このような理由から、神楽・能楽・舞踊・落語などの伝統芸能でも積極的に使われてきたのです。
贈り物として扇子を使用する場面
縁起物として古くから親しまれてきた扇子は、お祝い事などのおめでたいシーンで大切な人への感謝の想いを込めた贈り物として以下のような用途で幅広く活用されています。
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- 成人式
- 成人式のお祝いに、記念撮影の写真映えがする着物姿に合った扇子を贈ると喜ばれます。
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- 七五三
- お子さんの成長をお祝いして、着物に合った扇子を贈りたいという方にオススメです。
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- 長寿祝い
- 61歳の「還暦」、70歳の「古希」、77歳の「喜寿」、80歳の「傘寿」、88歳の「米寿」、90歳の「卒寿」、99歳の「白寿」、100歳の「百寿(紀寿)」などいずれの場合もお祝い用の贈り物として人気です。
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- 退職祝い
- お世話になった方の定年退職や、永年勤続をお祝いに贈っても喜ばれます。
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- 卒業祝い
- 学校を卒業したお子さんへのプレゼントや記念品としても重宝します。
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- 新築祝い
- お引越しや新築祝いなど、新生活のお祝いにもぴったりです。
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- 開店・開業祝い
- 新規開店や、起業・独立の際に、顧客やお世話になった方々へ感謝の気持ちを込めて配布する贈答品としても重宝されます。
尚、諸説ありますが、結婚祝いの贈り物に扇子は選ばないほうが無難かもしれません。扇子には「広がる」という要素があり、新郎新婦の距離が広がってしまうという言説もあります。
中国で贈り物に扇子はNGって本当!?
結婚祝いの贈り物に扇子が適しているかという言説と同様に、この件についても諸説ありますが、結論からお伝えすると、中国で贈り物をする際は扇子以外の別の商品を選んだほうが無難かもしれません。
理由としては、「扇子(シャンズ)」という中国語の発音が、死亡することの婉曲表現であり、仏教で仏を供養するために華を散布する行為を現す言葉「散華」を連想させるといわれていたり、扇子は夏に使って冬には捨ててしまうという事から、別れをイメージさせるので恋人同士の贈り物には不向きという説があるためです。
しかし一方で、中国の文化圏でも扇子は邪気を払い、愛を定着させる縁起物という認識があり、結婚式や求婚の他友人への贈り物として使われているという話も耳にします。
このように、同じ中国でも地域によって文化が異なるので、判断基準が明確ではありませんが、相手の文化的な背景まで配慮してふさわしい品物を選択することが大切だということはいえそうです。
結婚式や結納でも必要不可欠な末広(扇子)
結婚式や結納など、お祝い事に用いられる扇子のことを「末広(すえひろ)」と呼び、現代でも結婚式・結納をはじめとしたお祝いの場面で使用されています。
特に結納の席では、挨拶を交わす際に扇子を自分の前に置き、相手を敬う気持ちを表現するためのアイテムとしてとても重要な役割を果たします。
女性用の末広(扇子)
骨の部分が黒塗りで、表面に金・裏面に銀の地紙を使用した末広が一般的に使用されます。
既婚女性の第一礼装である黒留袖のほか、略礼装である色留袖や訪問着など着物の帯の部分に挟みます。
女性用の末広には、黒塗りの骨部分が金彩で装飾されたものや、白地の地紙に金箔や銀箔が押されたものなど、デザインのバリエーションも豊富です。ややカジュアルなデザインも見られます。
尚、女性用には黒留袖以外の着物と合わせることができる、白い骨や蒔絵の入った骨を使った祝儀扇もあります。
男性用の末広(扇子)
男性用の末広には、竹骨に白の地紙が使われている白扇(はくせん)が主に使用されます。和装の場合、白扇は第一礼装である黒羽二重五つ紋付(黒紋付)に合わせて使用します。
尚、男性の場合、洋装の正礼装であるモーニングコートに合わせやすい「白扇(モーニング扇)」であれば和装と洋装のどちらでも使用することが可能です。
縁起が良いとされる扇子の文様
ここからは、扇子にも使用されることが多く、日本において古くから様々なアイテムに用いられ、縁起がいいとされる動植物や物品などを描いた図柄、吉祥文様の一部をご紹介します。
麻の葉
麻の葉は4ヶ月で4メートルにまで成長します。子供も麻の葉と同様に真っ直ぐ上にスクスクと健やか育ってほしいという願いを込めて、麻の葉文様の扇子をお子様の贈り物にされる方も多くいらっしゃいます。
麻の葉文様には魔除けの意味もあり、昔からお産着の柄としても広く親しまれています。また、近年では漫画・アニメ『鬼滅の刃』の主人公・炭治郎の妹である禰󠄀豆子(ねずこ)が着用している着物の模様としても有名です。
市松柄
市松模様とも呼ばれる市松柄は、江戸時代の歌舞伎役者、初代佐野川市松が江戸の中村座で上演された『心中万年草』で小姓・粂之助に扮した際、白と紺の正方形を交互に配した袴を履いたことから人気を博したといわれています。
終わりなく続くイメージで、広がりを感じさせることから、永遠・反映・発展拡大などを意味する模様とされています。麻の葉と同様に、近年では漫画・アニメ『鬼滅の刃』の主人公・竈門炭治郎(かまどたんじろう)が着用している羽織の模様としても知名度が高まっています。
瓢箪(ひょうたん)
ウリ科の植物で、真ん中部分が大きくくびれた個性的な形をした瓢箪。たくさんの実をつけることから、子孫繁栄・多福・商売繁盛・無病息災、またくびれた形なので、邪気を吸い込んで逃さないということから厄除けとしても尊ばれています。
扇子・手ぬぐい・箸の他、瓢箪型の容器に入ったお酒など、瓢箪をモチーフとしたギフトは多数存在します。
蜻蛉(とんぼ)
トンボは害虫を取り除く貴重な益虫であり、五穀豊穣の象徴です。また前へ前へと飛び、決して後ろに下がらず、素早く空中を飛び回り虫を捉える勝負強さから「勝ち虫」「将軍虫」とも呼ばれ、武運長久、無病息災などのご利益があるということで武人にも好まれました。
現在も扇子・着物・手ぬぐいをはじめ、様々な和風アイテム用の柄として親しまれています。
千鳥
千鳥は水辺に集まるチドリ科の鳥で、くちばしが短く、ひよこのようにぷっくりと小さくて可愛らしい姿が特徴です。
「千を取る」という語呂合わせから、勝利と豊かさなど多くを得る縁起の良い柄として、とても人気です。扇子の他にもシャツ・靴下・ハンカチなど様々なアイテムに使用されています。
波千鳥
波と水と千鳥が描かれた文様。荒波を乗り越える千鳥のように、世間という名の波間をともに乗り越えていくという意味が込められています。
夫婦円満や家内安全の他、「千取理」の語呂合わせから、勝運祈願、目標達成の意味などの縁起の良い文様として、扇子の柄にもよく使われます。
青海波(せいがいは)
穏やかでどこまでも無限に続くような、広い海の波のように、「未来永劫幸せで平穏な生活が続いて欲しい」という願いが込められた、幸運を呼び起こす縁起の良い吉祥文様です。
扇子の他にも、雅楽の衣装に使われる文様としても有名です。
鱗(うろこ)文様
三角形を並べた、魚や蛇の鱗に形が似ている鱗文様。鱗は身を守るためのものであり、三角形には魔除けの力があるとされていたことに加え、蛇や蝶もイメージさせ、脱皮して厄を落とし再生するという意味もあることから、厄除けの文様ともされています。
ちなみに、江戸時代には贅沢を禁じる『奢侈禁止令』により紫根染めによる高価な紫色の使用が禁制となったこともあるようです。
尚、漫画・アニメ『鬼滅の刃』の主人公・炭治郎と同期の鬼殺隊剣士、我妻善逸(あがつまぜんいつ)が着用している羽織も鱗文様です。
流水文様
線で水が流れる様子を描いた流水文様は、縁起がいいとされる吉祥文様の代表として挙げられます。流れる水は濁らず常に清らかであり、流すという意味から「役を流す」「苦難・災厄を流し去る」すなわち厄除・魔除や火災避けとしても活用されています。
水に恵まれている日本ならではの文様といえます。桜・夏草・秋草などの草花や風景と組み合わせて描かれることも多い図案です。例えば、流水に桜が浮かぶ文様は「桜川」とも呼ばれ、「物事のはじまりが絶えずに、おめでたいことが続く」ということを表します。
梅小紋(うめこもん)
厳寒の中でどの花よりも先駆けて咲く梅の文様は、逆境に耐える「忍耐力」や春の訪れを告げる「生命力」を表します。
また、梅は一度にたくさんの花を咲かせることから梅小紋は「子孫繁栄」の象徴ともされています。
分銅繋ぎ(ふんどうつなぎ)
天秤皿に乗せて使用する重り、分銅を連続模様にした図柄。
通常、分銅は鉄か真鍮でできていますが、時の天下人が金や銀を大きな分銅の形に鋳造させて貯蓄をしていたことから縁起物とされたり、左右が弧状にくびれた面白い形をしていることから家紋や宝物を集めた吉祥文様「宝尽くし」のひとつとしても好まれたということです。
まとめ
古くから日本を代表する縁起物として、広く人々に親しまれてきた扇子は、日本の文化と伝統を継承しながら進化を繰り返していくことでしょう。
そして将来は、このような扇子の魅力が、日本国内だけに留まらず世界各国の人々にまで届くことを切に願っています。